3度目のモロッコは発見の連続だった。

※新型コロナウィルス(COVID-19)の発生と感染拡大により、現在も様々な国や地域で外務省「感染症危険情報」レベル3(渡航中止勧告)が発出されております。新型コロナウイルスに関する渡航情報および世界保健機関 (WHO) の最新情報を必ずご確認ください。(2020.07.06)

19歳、初めてのモロッコでモロッコ人のパワーに胃もたれする。

※著者撮影

あれはもう11年前、当時若者のファッション雑誌などでにわかに”モロッコ風雑貨”などというワードが流行り出していた。

「モロッコ雑貨現地で買いたくない?」そんな突拍子もない姉の提案で、私たちは衝動的にモロッコ行きの往復航空券と初日のホテルの予約だけをとり、二人ともモロッコの知識などゼロに等しいまま旅立った。

それまで海外旅行といえば韓国とタイのツアー旅行しか行ったことのない私にとって少しばかりの不安はもちろんあったが、ジャマイカ滞在経験もある姉(元レゲエダンサー)と一緒ならまぁなんとかなるだろうなんて気楽に考えていた。

そして始まった約1週間のモロッコ旅行、私にとっては全てが衝撃の連続だった。
ヒジャブ(イスラム教徒の女性が髪の毛を隠すために巻くスカーフ)を被る女性達に、初めて食べたタジン鍋で作る”クスクス”などのモロッコ料理。
都市カサブランカの駅ではマラケシュ行きのチケットを購入するため現地人といっしょの列に並び、その電車の中では隣の席にいた少年のマナーの悪さにも衝撃を受けた(笑)

【マラケシュ】活気ある商売人たちのエネルギーが溢れ出す街。

※著者撮影

当時の旅の中でもジェマ・エル・フナ広場の夜の喧騒は一番の衝撃だった。広場には、大道芸人や即席のみやげ屋、ラム料理やエスカルゴなどの屋台が所狭しと建ち並ぶのだ。どこからともなく「シノワ!シノワ!(中国人中国人!)ジャポーネ!?(日本人か!?)」なんて叫びながら客引きをしてくる屋台の男達に当時の私はただただビビるばかりだった(笑)

それと同時にこの時の衝撃と興奮が、確実にその後の私の旅への果てしない憧憬へと繋がっていく。
この旅後、私は22歳で決行した世界一周一人旅で再びモロッコへ、そしてそのまた6年後の28歳の時に再度モロッコへひとり旅の地として訪れた。

28歳は、もっと肩の力を抜いて旅ができるようになった。

※著者撮影

マラケシュのスーク(市場)では、活気溢れる土産屋の店主が「ジャポネ!ジャポネ!」なんて声をかけてくる。
「買わないよ。見るだけね。」というと、「わかった!とりあえずチャイでも飲んでけ」なんて言ってミントと砂糖がたっぷり入ったチャイ(現地のお茶)を振舞ってくれる。

「そうか!日本のどこに住んでるんだ!東京か!」なんて話で盛り上がったと思った次の瞬間には「ところでうちの店のバブーシュ(サンダル)は質がいいんだ!今ならサービスもするぞ!」なんてやっぱり商売トークが始まったりする。
「美味しいチャイをありがとう。また気になったら戻ってくるね、ノープロミスだけど。」と言って私が店を出ると「わかった!また戻ってくるんだな!プロミスだぞ!」と返ってくる。

19歳の私が「ガメツくて怖い」と思っていたマラケシュの商売人は、28歳の私にとって「活気溢れるおちゃめな商売人」となり、彼らとのやりとりがとても心地よかった。

”世界三大ウザイ国”のひとつだと言われるモロッコのモロッコ人(笑)、3度目に訪れたモロッコのモロッコ人は豪快で、親切で、そして思慮深い一面もある魅力溢れる人々だった。

※著者撮影

マラケシュ(marrakish)のオススメ安宿
SINDI SUD (シンディ・スッド)

マラケシュを訪れる度に毎回この宿に滞在しております。ホテル全体の内装がモロッコの美しいタイルで飾られていてここにくる度にワクワクしてしまうのもあるんですが、一番はこの宿のオーナーのおじさまが本当に穏やかで優しい人で、とても癒されるからです。

Google Map URL>>>
ジェマ・エル・フナ広場のスーク(市場)の入り口近くにあります。



※新型コロナウィルス(COVID-19)の発生と感染拡大により、現在も様々な国や地域で外務省「感染症危険情報」レベル3(渡航中止勧告)が発出されております。新型コロナウイルスに関する渡航情報および世界保健機関 (WHO) の最新情報を必ずご確認ください。(2020.07.06)

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